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アパレル販売員が本社に行くには。一度業界を出て、戻った人の話

この記事は、アパレル販売から本社職に移られた方に直接お話を伺い、ご本人の了承を得て掲載しています。 ご本人がいまも業界にいらっしゃるため、会社名・ブランド名・年数・時期はぼかしています。数年前のお話なので、いまの状況とは違う部分もあります。

「いつかは本社で働きたい」と思っている販売員の方は、少なくないと思います。

今回お話を伺ったのは、販売員から始めて、いまは外資系アパレル企業のマーケティング部門で管理職をしている方です。仮にCさんとします。PRの仕事に就いてから10年以上になります。

ただ、その道のりは社内での昇進ではありませんでした。一度アパレル業界を出て、別の業界で働き、それから戻っています。

なぜ遠回りが必要だったのか。そこにこの記事の中身があります。

本社の枠は、なぜあれほど少ないのか

まず、Cさんが説明してくれた構造から。

まず圧倒的にポジションの枠が少ないっていうことと、あと即戦力が欲しいので、やっぱ外から入ってきちゃうことが多い

外資系の会社が日本でやっているのは、基本的に小売業です。だから人数の比率は現場が圧倒的に多くなります。Cさんが新卒で入った会社も、社員のおよそ9割が店舗でした。

そのうえで、オフィス側の人員枠が極端に絞られています。「なんでこんなに絞るのっていうぐらい」枠がない、とのことでした。

その貴重な枠に、新人を入れて一から教えるのか。それとも、明日から動ける人を外から採るのか。会社の答えは後者になりがちだ、という話です。

売れる人ほど、店から離してもらえない

ここからが、この取材でいちばん残酷だと思った部分です。

本社に行きたいと考えた販売員は、まず自分の存在をオフィスに知ってもらおうとします。売上を立て、名前を覚えてもらう。当然の戦略です。

ところが、それが裏目に出ます。

オフィスに声を届けたくって、売り上げめちゃめちゃ立てるようになって、顔と名前を認知してもらうと、今度逆に店から剥がせなくなるから

売れるから、店に必要とされる。必要とされるから、動かしてもらえない。 頑張るほど動けなくなるという、出口のない構造です。

「頑張れば本社に行ける」という前提そのものが、必ずしも成り立たないということになります。

一度、業界の外に出た

Cさんが動いたのは、社内の公募が止まっていた時期でした。不況の影響で、オフィスのポジションの募集が全部凍結されていたそうです。

やりたかったのはコミュニケーション系、特にPRでした。ただ、PRは未経験では入りにくい職種です。中からの登用も閉ざされ、外から入るのも難しい。 そこでCさんは、いったん業界を離れることを選びます。

移った先は、アパレルとは関係のない会社の事務職でした。決め手は、時間に融通が利きそうなことと、圧倒的に安定している会社だったこと。戻るつもりはなく、ずっとそこにいるつもりだったといいます。

会社そのものは「めっちゃいい会社だった」そうです。ただ、いわゆる事務の仕事が自分には合わず、おもしろさを感じられなかったといいます。それで、また動くことになります。

学校の授業は役に立たなかった。それでも通ってよかった

事務として働きながら、Cさんは週末にファッション系のスクールへ通いはじめました。バンタンのファッションPRコース、1年間です。

授業の評価は、はっきりしていました。

全然役に立たなかった

想像がつくことしかやらない。受講しているのも学生が中心で、すでに業界にいる人はほとんどいなかった、とのことです。

それでも、Cさんは通ってよかったと言います。理由は授業ではありませんでした。

そのスクールに講師として来ていた人から、勤め先でPRのアシスタントを探していると声をかけてもらったのです。それが、業界に戻る入り口になりました。

そのためにだから授業料払ったと思ってる

PRという仕事について、Cさんはこう表現しています。

最初のPRとかは最初にどっかに乗っかっちゃえば、あとは自分で開いていけるんですけど、最初の引っかかりが一番難しいかも

最初の1回さえ入れれば、あとは自力で進める。問題は、その最初の1回が入れないこと。 スクールは、その1回を作る場所として機能しました。

学校は求人やインターンの口を持っています。知識がゼロの人には授業自体も役に立つはずだ、ともCさんは言い添えていました。何を期待して通うかで、評価が変わるということだと思います。

給料は、転職のたびに上げた

給与について、Cさんが1社目の先輩から言われた言葉があります。

同じ会社にいても給料は上がらない。それが業界の定説だ、と。そして、

転職してその時にやっぱり給料交渉しないと、ちょっと業界的には全然上がっていかないっていうのを言われたのが、すごく胸に刺さっています

実際、Cさんはその通りに動いてきました。転職のたびに、エージェント経由で条件を交渉する。新卒のときと比べて、いまの年収は3倍弱になっています。

なお、アパレル業界は勤続年数が短く、転職回数を誰も気にしない業界だ、ともCさんは話していました。回数が不利にならないという点は、他業界と違うところかもしれません。

現場を知っていることは、本社で効く

では、販売員だった経験は本社で役に立つのか。ここは、はっきりした答えが返ってきました。

どこのブランドでもいいから、絶対現場を経験した人の方がいいと思います

現場を経験していない人は店舗の研修に行ったほうがいい、と言い切るほどです。理由は、お金を稼いでいるのは店だから。何が足りていないか、どんな情報なら忙しくても見られるかは、やっていないと分からない、ということでした。

雑誌に載った商品を、店員がすぐ探せるように

具体例が、とても分かりやすいものでした。

PRの仕事は、雑誌の進行の都合で店頭より2か月ほど先を扱います。掲載が決まったら、その情報を店舗に渡すわけですが、渡して終わりにしないところに現場経験が出ます。

お客様は「5月号の何ページに載っていたもの」と言って来店します。ただ、

まず怪しいんですよ全部情報が

雑誌名も、月号も、ページも間違っていることがある。だから前後まで含めて探せる形にしておく必要があります。

そこでCさんは、掲載記事を保存するファイル名の順序まで決めました。媒体名を先にするのか、発売日を先にするのか、月号を先にするのか。ひとつ決めたら、そこからは絶対にルールとして守る。店舗の人が忙しいなかで、手元のスマートフォンからまっすぐ辿り着けるように、という設計です。

オフィスしか知らないと「流せば終わり」になりがちだ、とCさんは言います。乱暴な言い方をすれば投げやりな共有になってしまう、と。使ってもらって初めて意味があるという発想は、店に立っていた人のものだと思います。

もうひとつ。マーケティング部門は、セールスやMDと違って店のお尻を叩く部門ではなく、モチベーションを上げる部門だとCさんは考えています。だから社内向けの配信も、掲載やイベントの情報が楽しく伝わるような作り方を心がけているそうです。

「オフィスの仕事はどこでもできる」

そして、いま販売員をしている方にいちばん届けたい言葉がこれでした。

店舗の仕事をきちんとこなし、機転を利かせていろいろなことに気づいて動ける人なら——

本当言うとオフィスの仕事どこでもできると思う

知識さえ身につければ、すごい戦力になる、と。ただし、そのあとに続いた言葉も一緒に書いておきます。

本当はだけどそれがすごく認められづらいので、なかなかプロモーションは難しいんですけど

能力の問題ではなく、評価される仕組みがない、ということです。この記事の最初に書いた構造の話と、ここでつながります。

それでも「この業界には来ない方がいい」

最後に、過去の自分に声をかけるとしたら何を言うかを伺いました。

返ってきたのは、応援の言葉ではありませんでした。

学生の頃まで戻るんだったら、この業界には来ない方がいい

好きだけど

販売員時代も大変だったが、いまも同じくらい大変だ、と話しています。これが良かったのかは、いつでも悩むとも。

管理職まで進んだ方の言葉として、これは重いと思います。同時に、きれいごとを言わない人の話だからこそ、他の部分も信じられるとも感じました。

そのうえで、この道を選ぶなら、という助言も2つもらっています。

英語。外資系を目指すなら、必須ではないけれど、できたほうがいい。早いうちから準備しておくに越したことはない、とのことでした。

遠回りのルート。本気でPRをやりたいなら、ファッション専門のPR会社(アタッシェ・ドゥ・プレス)に一度入ると、そこからブランド側へは移りやすくなるそうです。ただしこちらは、

勤務がもう下積みだって割り切らないと

と前置きしたうえで「めっちゃ大変」。販売員を経験したCさんが繰り返しそう言うくらいには、大変な世界のようです。おすすめはしないが、絶対に力にはなる、というのが結論でした。

この話から言えること

「本社に行きたい」という願いは、社内だけを見ていると叶いにくいことがあります。外を経由する道があることを、選択肢に入れておいてください。

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